藩主

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歴代藩主

松平氏は、忠房から13代忠和まで続いた。その藩主は次のとおり。

  1. 松平忠房(ただふさ):1669(寛文9)年福知山よりー1700(元禄13)年江戸で病死(81歳) 三河出身の譜代大名、18松平(徳川)の1氏、島原松平氏の元で7万石
  2. 松平忠雄(ただたか):1698(元禄11)年ー1736(元文元)年江戸で病死(63歳) 「島原大概様子書」を作る
  3. 松平忠俔(ただみ):1735(享保20)年ー1738(元文3)年島原で病死(27歳) 普賢堂や三十番神の建立
  4. 松平忠刻(ただとき):1738(元文3)年ー1749(寛延2)年下松で急死(33歳) 櫨木十万本を植える
  5. 松平忠祇(ただまさ):1749(寛延2)年継封、宇都宮へ転封ー1762(宝暦12)年死亡(63歳) 幼少につき、戸田氏と交換転封 戸田忠盈(ただみつ):1749(寛延2)年宇都宮より入封ー1781(天明元)年死亡(52歳) 戸田忠寛(ただひろ):1754(宝暦4)年ー1774(安永3)年宇都宮へ転封
  6. 松平忠恕(ただひろ):1775(安永4)年宇都宮より入封ー1792(寛政4)年守山で死亡(50歳) 念願かなって島原へ入封したが、寛政大地変の発生で急死
  7. 松平忠馮(ただより):1792(寛政4)年ー1819(文政2)年江戸で病死(48歳) 大変後の領内復興に尽力、藩校・稽古館の創設
  8. 松平忠侯(ただよし):1819(文政2)年ー1840(天保11)年島原で病死(41歳) 藩校・済衆館創設、大手浜干拓
  9. 松平忠誠(ただなり):1840(天保11)年ー1847(弘化4)江戸で病死(23歳) 島原太吉の漂流・メキシコから帰国
  10. 松平忠精(ただきよ):1847(弘化4)年ー1859(安政6)年島原で病死(27歳) プチャーチン長崎へ来航・島原藩兵出兵、開国
  11. 松平忠淳(ただあつ):1859(安政6)年ー1860(万延元)年江戸で病死(16歳) 夭折、島原へ赴任できず
  12. 松平忠愛(ただちか):1860(万延元)年ー1862(文久2)年江戸で病死(17歳) 再び夭折
  13. 松平忠和(ただかず):1862(文久2)年ー1869(明治2)年 大政奉還、版籍奉還、島原藩知事となる。明治5年東京へ引揚げ、島原城の解体

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